審判の日

ついにその日はやってきた。

無謀な転職活動を続ける僕に、いよいよ家族はことの重大さに気づき始めました。
いまは別居中の妻と、母に両腕を掴まれて、Oクリニックに連れて行かれたのです。

その日は大手出版社の最終面接の日でした。

「おれは病気なんかじゃない。面接に行かせてくれ」と、
路上で泣き叫んだのを覚えています。

危ない人ですね。
というより、精神の危篤状態だったんですけど。

その半月前から、僕はドイツ人の諜報部員・カールという男に監視されていました。
監視されていると思ったのです。
カールは僕の命を狙っているはずなのに、いつも会社の隣のビルや自宅近辺のマンションから僕を見張っていました。
見張っていると思っていたのです。

妄想です。

やばいです。

神経症と診断されているはずの僕が、強度の妄想に苦しんでいたのです。

大森先生に家族がその話をしたとき、大森先生の目が光りました。

「会社は長期休暇を取りましょう。面接には行けません」

大森先生は毅然として言いました。

僕は何か反論の言葉を叫んだと記憶しています。
すると、大森先生は、こう言ったのです。

「仕事を取りますか、それとも人生を棒に振りますか」

僕は泣きました。
この人は何を言っているのだろうと。
この人こそ、エキセントリックな人ではないかと。

でも、先生が言っていたことは、非常に重要なことでした。
上記の言葉はいまも僕の心に残っています。
素晴らしい言葉ではないですか。

これが僕の審判の日でした。

僕は統合失調症を患っていたのです。

そして、長い長い山奥での闘病生活が始まりました。
気の遠くなるほど、長い夏でした。