経典の発見

その経典は、僕の精神的放浪の末、やっとのことで出会った、というわけではありません。

その経典のことは、子どもの頃から知っていました。

しかし、その経典を読んだことはありませんでした。

耳で聴いてき続けたのです。

その経典を初めて読んだのは、僕が社会復帰に挫折して、
家で引きこもっていた頃でした。

その経典は、とても響きがいい。
子どもの頃は、何かの呪文のように楽しかった。
大人になって、法事などで聴くと、意味のわからないのに、心が洗われるような気がしました。

そう、それは般若心経。

みなさん、「はんにゃしんきょう」と読みますが、正確には、「はんにしんぎょう」が正しいです。

たった260数文字。
仏典の中では、最短のお経です。

600巻にもなる『大般若波羅蜜多経』のエッセンスをギュギュッと凝縮した奇跡のお経。

成立は、2〜3世紀ごろと言われています。
現存する最古のサンスクリット本は、なんと法隆寺所蔵されています。
ですから、日本にはゆかりの多いお経です。

馴染みの深い漢訳、つまり私たちが読んでいる漢字の般若心経は、649年、インド持ち帰った玄奘(いわゆる三蔵法師)が翻訳したものが一般的です。

このお経に中に何が書かれているかというと、
もちろんたいへんなことがいろいろ書かれているわけですが、
一言で言うこともできます。

それは、

空(くう)


についてです。
般若心経は「空」とは何かを書いたお経なのです。

この「空」とは、仏教史上最大のテーマで、
歴史上の無数の人々が、ブッダの教えを歩みながら模索し続けてきたわけです。

ですから、僕のようなものが、「空」について語るのは、
たいへんおこがましいことなのです。

しかし、僕は僕なりにこの二十年間、「空」について考え、
「空」に基づく生き方を模索してきました。

なんていうと、ものすごい研究をしているみたいですが、
そんなことはありません。

最初はものすごく切羽詰まった状況の中で、
自分の悩みを解消する糸口として、「空」を考えるようになりました。

ぜんぜん、アカデミックではありません。

僕の場合、般若心経がすごいと感じるきっかけになったのは、
大衆的な仏教エッセイで有名な、ひろさちやさんの、
『ひろさちやの般若心経88講』という本がきっかけになったのでした。
初心者の方は、この本から入るとよいと思います。

この本では、物事にこだわるな、こだわることにもこだわるな、と、
ひろさん独自の言い回しで語られており、読後に爽快感が得られます。

次回、この本を読んで、僕が何を感じたかを記します。