体重98キロ、シミ・むくみ、頭も禿げて、シャツを出して歩く男に

前回は暗い話をしてしまいました。

では、加えて、笑えそうで笑えない話を。

僕は大学では体育会系で、30歳までは、シャキーンとした身なりをしていました。
小沢健二のように(!?)グッチのビットモカシンを履いて街を闊歩しておりました。

そんな僕も、4年後には、

体重98キロ
胴囲108センチ
シミ・むくみ多発
前髪がパラパラ落ち、薄毛に
いつもシャツを出して歩く男に


鏡を見ると、げんなりしました。
人に会いたくなくなりました。
引きこもりです。

電車に乗ると、隣のOLのおねえさんが嫌な顔をします。
昔の女友だちに久々に会うと、無表情になります。

僕は自分を憎みました。
自己嫌悪で苦しみました。

家族を裏切り、借金を重ねました。
娘が口を聞かなくなりました。

最低。

そうです。自分でもそう思います。

そんな僕を救ってくれたのが、般若心経であり、今日、ご紹介する「歎異抄」でした。

歎異抄」。たんにしょう、と読みます。

浄土真宗の開祖、親鸞の言葉を弟子の唯円がまとめたものです。
有名な言葉にこんなのがあります。

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」

善人だって天国に行けるんだから、悪人は当然、天国に行ける。

変な言葉ですね。
悪人は当然、天国に行ける、とは。

最低の人間だった僕は、この言葉にすがりました。

おれのような悪人も救われる!?
なんじゃその宗教。

ですよね。逆です。
普通は善人こそ、天国に行くべきです。

親鸞はこんなことを言うのです。
善人は天国に行こうと小賢しい努力をする。
しかし、小利口に立ちまわることのできない無学な人にこそ、
無垢な心が備わっている、と。
その無垢な心こそ、仏さまは見逃さないんだと。

そうです。僕も小賢しい人間でした。
ずるい狡猾な人間でした。

仏さまに見捨てられたのです。

でも、いろいろあって僕はみんなに、

助けてください

土下座したのです。
なんの狙いもなく、ただ心から土下座したのです。
するとみんなは許してくれました。
少しずつ、がんばれ、と言ってくれる人が増えました。

泣けてきました。

ありがとう。

それしか言えません。
みんな仏さまでした。

仏教では、仏はそれぞれの心の中にいる、と言います。
一人ひとりがブッダなんです。
そのブッダを拝み合うことで、僕たちは結ばれていくのです。

あ、ちなみに、体重と髪はけっこう戻りました(笑)